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ちょっと本を作っています

ちょっと本を作っています

第八章 まったくもう、田舎暮しってヤツは

第八章 まったくもう、田舎暮しってヤツは




みんな揃って、PTA

トンちゃんちの裏山は、野生のミョウガの群生地だそうだ。

「これがミョウガ竹だよ」とトンちゃんに教えられた。

ミソ汁に入れて、ミョウガ竹ってものも始めて食べた。

香りはミョウガそのものだ。余り美味しくはなかったが……。

スーパーなどで売っていて、ふつう食べているようなミョウガは、これから出て来るそうだ.

この辺りのミョウガはちょっと遅くて、八月下旬からだそうだ。

でもミョウガの生えているところは蚊が多くて、採りにいくとさんざん蚊に刺されるそうだ。


昼間、トンちゃんちに居て原稿を書いていると、回覧板が次々と回ってくる。

お葬式や部落の共同墓地の管理、火の用心の夜回りに獅子舞や鎮守の祭りの件。

道路の草刈りにPTAの件。

ん、PTAの回覧が何で回ってくるんだ?

「部落のこの地区の家は、全部PTAなんだよ」

「えっ、子供もいないのに?」

「子供のいる家なんてほとんどないよ。小学校なんて、子供がいなくて廃校寸前だよ」

「なんとか小学校を残そうと、この部落も佐倉市のほうだって必死なんだ」

「それに、運動会など、部落をあげての行事だしね」


なるほど、都会とは違うんだ。草刈りなんて1日がかりで、部落中総出だそうだ。

私の本宅のマンションの自治会も、『クリーンデー』などと名付けて、年に2回ほど雑草取りはやっている。

でも、せいぜい三十分。みんなでおしゃべりしながら、チョコチョコと雑草を抜き、ゴミを拾う。

最後に、放置自転車を移動させれば、それでお仕舞い。

雑草やゴミが見つからなくて、探すのに苦労をするくらいだ。


部落でお葬式があった。

「お通夜にいかなきゃならないんだけど……」

「できれば2、3万、最低でも1万円以上は包まなきゃならないんだ」

「香典の金、貸してもらえないかな」

「親戚なの?」

「ううん」

「ご近所なの?」

「ちょっと、遠いかな」

「じゃ、何でそんなに包むの?」


お通夜に行ってきたトンちゃんの持ち帰った寸志をみて、何とはなく納得がいった。

普通、通夜の客に持たせるのは、せいぜい1合瓶の清酒に清めの塩。

さらに付けてもハンカチの1枚程度、と思っていた。

それが、久保田の『千寿』1升瓶。

飲兵衛なら分かるだろうが、『万寿』ほどではないが、安くはない。

私や清ちゃんにとっては、高嶺の花なのだ。

いつもは、ペットボトル入りの大瓶の『がんばれゲンさん』なんて焼酎で我慢している。

それに立派な折り詰め、そのほか何が入っているのか分からないが風呂敷包み。

これじゃ親戚や近所でなくても、2、3万円は包まざるを得ない。


昔からの地域共同体だからこその、お付き合いと慣習があるらしい。

それでなくても月番で、お葬式の担当や共同墓地の管理、地域の会合の世話役や連絡係。

会計や部落の所有物の管理など、よくもこれだけあるものだと思うほど回ってくる。

これでは、既存の田舎へ、田舎暮しを求めて都会から移り住むなんて、容易なことじゃない。



狭いんだよ、世界が

それにこれは内緒だけど、田舎の人って付き合いづらい。

地元の人たちにとって、私は『変な人』らしい。自分でもそう思う。

都会の人間でもなく、地元の人間でもなく。

遊び人でもなく、だからと言って真面目な人間でもなく。

空気や水に比べると存在感はちょっとはあるが、

毒にも薬にもならない、居ても気にならない変な人って表現が、一番当てはまるようだ。


そんな存在だから、隣の小父さんも、一緒に飲んでいるうちに前後不覚となってしまった。

この小父さん、糖尿病で酒は絶対ダメとお医者さんから止められているのだ。

それなのに、一升瓶を二本も抱えて「飲もうよ」と私を訪ねてくる。

飲み始めればいつも前後不覚になるまで飲んでしまう。

近所のお婆さんたちと散歩道で話していても、いつの間にか二、三時間過ぎてしまうことが多い。

下の田んぼまで行って知り合った人も……。

これでご近所の知り合いは十数人になってしまった。

そのことに気がつかないのは、陰口をたたかれ、世間話のネタにされているトンちゃんだけだ。


昔のことはいざ知らず、それぞれがお互いにどのように思っているか。

利害関係者ではないだけに、田舎の人同士の人間関係もよく分かる。

たとえば、田舎の土地は境界線が定かでない。

「誰々さんはね、こっちが知らないと思って畦道を私んちのほうへ少しづつ押してきてんだよ」

その誰々さんからも、まったく同じような話を聞かされる。


でも、二人のお婆さんが会うと、

「この人いい人でね。あんた、分かんないことがあったら、この人に相談したらいいよ」

「気がいいんだから。この部落で一番いい人だよ。正直者でね」

なんて、おべんちゃらの言いっこをしている。

都会でも同じようなことはあるのだろうが、田舎だと、狭い世界だけに、とてつもなく根が深い。

同じ話を幾度となく繰り返し、繰り返し聞かされる。



俺たちは進駐軍なのだ

トンちゃんちの裏山で竹の子掘りをしていた友人が、地元の人に、

「この辺りはまだあまり出てないな。あそこの竹やぶならもう出てるよ。行ってみたら」

って言われて、その場所で竹の子を掘ったら、後日、

「よそ者が来て、うちの竹の子を掘っていった」

と、まさにその場所に案内した本人が言っていたのも、聞いてしまった。

「いっぱい採れて良かったですね」と言っていたはずなのに、

「商売するつもりじゃないのかな。根こそぎ採ってしまいやがって」になっている。


でも何とはなしに分かってきた。田舎の人は、都会の人間が怖いのだ。

変化もない代わりに静かな自分たちの島国に、ある日突然、進駐軍が上陸してきたようなものだ。

「こっちに竹の子が生えていますよ」

「もっと採っていったら」と言ったのは、

「自分たちは敵愾心を持っていませんよ」

「できれば機嫌よく、早く引き上げてください」

「少なくとも私だけは、敵とは思わないで下さい」という意味だ。

言葉通りでなく、相手の心情も理解しなくては、田舎暮しは始められない。

本当は、素朴で、いい人たちなんだから……。


でもそれ以前に、問題は、よそ者が押し寄せたことにある。

都会から田舎へ行くということは、他人の家の中へ、土足で入り込むようなものだ。

礼儀を尽くして、さらには相手の家の中に波風を立てないことが肝要だ。

そのためには、細心の注意が必要なんじゃないだろうか。



第九章 チビクロ、チビコゲへ変身中につづく


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